最終更新日:2020.05.16
今回の投手育成コラムでは、野球肘というものについて徹底解説していきたいと思います。「野球肘とは?」と問われた時、実は一言ですべてを伝えることはできないんです。なぜなら野球肘の症状に関しては様々なものがあり、靭帯を痛めているケース、骨がすり減っているケース、骨が剥離しているケース、疲労骨折しているケース、若木骨折しているケース、骨が変形してしまっているケースなどなど、病院での診断内容はまさに人それぞれなのです。
ということで今回は医学的な診断内容という面からではなく、どうして野球肘になってしまうのかというアプローチでコラムを書き進めたいと思います。
結論から言います。野球肘に関しては99%は投げ方が悪いせいだと言えます。つまり投げ方を改善することができれば、治療が必要な余程酷い状態ではない限り、投げた時の肘の痛みは消していくことができるんです。実際に僕がレッスンを行なってきた野球肘に悩む選手たちは、動作改善によって野球肘の再発を防ぐことに成功しています。
野球肘になる投げ方にはある大きな特徴があります。難しく言うと、スローイングプレーンとエルボープレーンの軌道が食い違っていると野球肘になるリスクが高くなります。僕らのようなプロフェッショナルコーチはまず、この2つのプレーンの軌道が一致しているかを丁寧にチェックしていきます。
スローイングプレーンとは簡単に言うと上腕が振られる際に描く軌道で、エルボープレーンとは前腕が描く軌道のことです。スローイングアームで描くこの2つのプレーンの軌道を一致させられると球質はアップしていきますし、野球肘になるリスクを小さく抑えることもできます。
野球肘になりやすい典型的な投げ方としては、スローイングプレーンが横振りなのに対し、エルボープレーンが縦振りというケースです。スローイングアーム1本で2つの異なったプレーンを描いてしまうと、外反ストレスといって、肘の内側が伸ばされてしまい内側側副靭帯など、肘の内側を痛めやすくなります。
肩関節を内旋させてトップポジションを作ろうとすると、2つのプレーンの軌道は一致しなくなります。逆に外旋させてトップポジションを作ることができ、ボディスピンを非軸脚側の股関節で行えるようになると、2つのプレーンはきれいに一致するようになり、肘にも肩にも負荷がかかりにくくなります。
上の写真のように、少年野球などで肩関節を内旋させて手のひらを外側に向けるトップポジションを作ってから投げるように指導されることがよくあると思います。実はこの内旋型のトップポジションこそが野球肘を多く生み出している原因なのです。
プロ野球選手でももちろん内旋型のトップポジションで投げている選手はたくさんいます。しかしその多くの選手たちが肘を故障しています。プロ野球選手を除いて考えていくと、2000年代に入って以降、中高生が野球肘によって手術を受ける件数が目に見えて増えてきています。原因として考えられるのは誰でも手軽に器具を使って筋トレができるようになり、内旋型のトップポジションで強烈な動きで腕を振ってしまい、肘へのストレスが強くなったという点が挙げられます。
筋トレはすべきではない、とは言いませんが、しかし筋トレをしなくても投球モーションが良ければ素晴らしいピッチャーになることはできます。例えば埼玉西武ライオンズで182勝を挙げた西口文也投手は身長182cm、体重75kg程度の非常にスリムな選手でしたが、20代の頃は150kmを超えるスピードボールを連発し、肩肘を怪我してシーズンを棒に振ったこともほとんどありませんでした。
その西口投手、実はプロアマ時代を通じて筋トレはほとんどしたことがないんです。引退間際に1〜2シーズンほど真剣に筋トレをしてみたこともあったそうですが、30代まではプロ入り後もほとんど筋トレをすることはなかったそうです。それでも非常に良いモーションで投げているためストレートは150kmを超え、スライダーは魔球と称され、肩肘を怪我することもほとんどなくプロ21年間の現役生活を全うされました。
筋トレをして太い腕を手に入れたとしても、技術が伴わなければ球速は思うようにはアップしませんし、何よりも野球肘のリスクを高めてしまいます。肩関節の内外旋を正しい順番で、深い動作で使い分けられるという技術が身についていれば筋力は大きな武器になります。しかし技術が伴っていないと、ただ重いだけの腕になってしまうというわけです。
筋トレだけに頼って速いボールを投げようとすると、肩関節の内外旋をほとんど使わずに投げる動作になりやすいんです。すると上の写真のような外旋型トップポジションを作れなくなります。上の写真こそが、まさに腕がしなって見える瞬間の形なんです。人間の肘は当然ですが実際にしなることはありませんが、外旋型トップポジションを作ることによって、しなって見えるようになるんです。
しかし内旋型のトップポジションを作り、そこから無理に腕をしならせようとすると、アクセラレーション(トップポジションからボールリリースにかけての加速期)で非常に大きな外反ストレスが肘にかかり、野球肘になるリスクが高まってしまいます。
「肘を伸ばして腕を大きく振りなさい」という指導をしたり、受けたりしたことはありませんか?「肘を伸ばして投げなさい」という指導は、「野球肘になりましょう」と言っているようなものです。ボールリリースの瞬間に肘は伸ばし切ると勘違いされている選手、指導者も多いと思いますが、伸ばし切っては絶対にダメです。
確かにアクセラレーションで肘は少しずつ伸ばされていくのですが、伸ばし切るところまではいきません。しかしタイミング問わず肘を伸ばし切ろうとすると、これも肘へのストレスを大きく強めることになり、野球肘の原因になってしまいます。昔は「腕を大きく使え」という指導が常識でしたが、しかしこの指導法はスポーツ科学においては「怪我をしろ」と言っているようなものなんです。
スローイングアームはコンパクトに使っていった方がボールの回転が良くなり、失速しない伸びのあるストレートを投げられるようになりますし、遠投をしてもより遠くまで投げられるようになります。そして何よりも野球肘のリスクを抑えることができます。そうなんです、実は野球肘・野球肩になりにくい投げ方こそが、最も良いボールを投げられる投げ方なんです。
本格的にスポーツをしたことがある方であれば、キネティックチェイン(運動連鎖)という言葉を聞いたことがあると思います。投球動作というのは、小さな動作がいくつも繋がって1つの大きな投球動作になっていきます。
体のそれぞれの部位が生み出すエネルギーの出力は、それぞれ緩やかな山のようなカーブを描いていきます。この時大切なのは、1つの動作の山なりのカーブが頂点に来る手前の、まだ登り坂の段階で次の動作を始動させながら動作を繋げていくということです。このような形で小さな運動を連鎖させていけると、最小限の負荷で大きな運動エネルギーを出力できるようになります。
しかしカーブが下り坂に差し掛かってから次の動作を始めてしまうと、関節への負荷が非常に大きくなります。特にある程度の重さがあるボールを持っているスローイングアームへの負荷は大きくなり、この時外反ストレスが大きくなりやすいフォームで投げていると、野球肘になるリスクは非常に高くなります。
そしてそれぞれのカーブの頂点が低い場合は、どこか1カ所の動作だけで足りない出力を補おうとしてしまい、その個所を怪我するリスクが高くなります。ボールを投げる動作の場合はやはり、スローイングアームでそれを補おうとすることが多くなるため、肩肘への負荷が大きくなる傾向があります。
キネティックチェインの見極めに関してはプロフェッショナルコーチやトレーナーにしかできないため、お近くの、僕のようなプロコーチに相談されるのが一番だと思います。
答えはノーです。もちろん尋常じゃないほどの球数を投げたり、回復を待たずに投げ続けてしまえば、どんなに良い投げ方をしていても肩肘を痛めてしまいます。しかし野球連盟などがガイドラインとして発表している球数制限の中においては、肩肘は決して消耗品ではありません。
良い投げ方をしていれば野球を何年続けていても肩肘を痛めることはありませんし、投げ方が悪ければ野球を始めて1〜2年で野球肘になってしまうこともあります。肩や肘は消耗品かどうかではなく、メカニクスが良いか悪いなのです。
しかし僕のようなプロフェッショナルコーチを除くと、アマチュア選手を指導するコーチたちのほとんどは科学的に野球肘になりにくい正しい投げ方の指導をすることはできません。以前、元プロ野球選手が指導をするいくつかの野球教室や野球塾にお邪魔したことがあるのですが、そこでも元プロ野球選手が子どもたちに内旋型のトップポジションで投げるように指導をされていました。
元プロ野球選手でもスポーツ科学、スポーツ医学という観点でしっかり勉強をされている方もいらっしゃるのですが、しかし「自分がそう教わってきた」という経験則で子どもたちを教えてしまっている方が多いようです。だからこそ子どもでもプロ野球選手でも野球肘になってしまう選手が後を絶たないわけです。
悲しいかな、実はそうなんです。アメリカでは比較的簡単にトミー・ジョン手術という、肘の靭帯を移植し修復する手術を受けることができます。そのため多くの投手たちが目先の球速アップを目指し、パワーポジションという形をインストールした投球フォームで投げてしまうんです。
パワーポジションとは肘を90°以上の角度に伸ばした内旋型トップポジションのことです。ここで肘を90°以上に伸ばすことにより、少しだけアクセラレーションの距離を伸ばすことができ、それによってほんの少しだけ球速をアップさせられるんです。しかしパワーポジションからのピッチングは肘の外反ストレスを本当に大きくしてしまうため、あっという間に肘を壊してしまいます。
アメリカでは実は一部で間違った考え方が持たれているんです。トミー・ジョン手術を受けた多くの選手が、術前よりも術後の方が球速がアップするというデータがあるのですが、「球速をアップさせるためにはトミー・ジョン手術を受けた方が良い」と誤解している選手・コーチがいるんです。
もちろんバイオメカニクスに関ししっかりと勉強しているプロフェッショナルコーチはそのようなことは考えません。しかし勉強不足のコーチは目先の球速アップにしか目が行かず、何も知らない選手たちにパワーポジションからの投げ方を教えてしまうわけです。
パワーポジションをインストールすることによって即球速がアップすると、「このコーチは凄い!」と思ってもらうことができ、コーチング業も潤うため、意図的にそういう指導を行うコーチが実は存在しているんです。
しかしこれは、何もアメリカに限った話ではありません。日本でも何も知らずに、少しだけ球速がアップするからといって遠心力を大きくし、肩肘への負荷も大きくしてしまっているコーチがプロ球界にもアマ球界にもいます。正しいピッチングフォームは遠心力ではなく、求心力で投げられる形です。しかし勉強不足のコーチでは、求心力によって投げるフォームの指導ができず、遠心力を使うことによって球速をアップさせるのが正しい投げ方だと思い込んでしまっているんです。
これは野球肘だけではなく、野球肩に対しても言えることなのですが、とにかく重要なのは非軸脚側の股関節を正しく深く使うということです。右投げなら左股関節、左投げなら右股関節です。この股関節を上手に使えるようになると、肩肘に頼って投げる必要がなくなるんです。するとスローイングアームの力みもどんどん解消されていきます。
そして踏み出した足をしっかりと踏ん張り、股関節を上手に使い、スローイングアームの力みがなくなっていくと、自然と外旋型のトップポジションから投げられるようになります。すると野球肘になるリスクもどんどん軽減されていきます。
しかし股関節が硬いと股関節を良い状態で使うことができなくなりますので、股関節を使えない分、どうしても肩肘に頼って投げるしかなくなってしまうんです。ですので将来プロ野球選手になりたいという選手は、ガッツリと筋トレをする前に、まずは180°開脚をできるようにすることが大切です。
座って脚を広げて前屈し、胸を床につけていくこのストレッチングを Seated-V Hamstrings Stretching(シーテッドV・ハムストリングス・ストレッチング/座位開脚前屈)というわけですが、このストレッチングで脚を180°開き、胸がべったり床に着くようになってから筋トレを始めてもまったく遅くはありません。
もちろん柔軟性があっても投げ方が悪ければ野球肘になってしまうわけですが、しかし柔軟性がなければ良い投げ方をすることはできません。ですので野球肘にならない正しい投げ方を身につけるためにも、柔軟性というのは野球選手にとっては本当に重要な要素になってくるんです。
この3つができるようになるだけで、野球肘になるリスクを大きく軽減させることができます。
野球肘になり病院で治療を受けて完治しても、野球肘になった同じ投げ方を続けていてはまたすぐに野球肘になってしまいます。野球肘を繰り返さないためにも、少しでも肘が痛くなったらすぐに病院に行き、しっかりと治療をしてもらい、完治したら肘が痛くならない投げ方に変えていく必要があります。
完治後しても関節が変形してしまっているなどの特殊なケースがない限りは、野球肘の再発は動作改善によって防ぐことができます。野球は心身の健康のために楽しむべきものです。その野球のせいで怪我をしてしまってはまさに本末転倒。
野球肘が酷くなると、野球をやめたあとの日常生活にも支障をきたすようになります。しかし21世紀になった今なお、「根性がないからすぐに痛いと言い出す」と真顔で言っている野球指導者が大勢います。プロ野球選手を輩出しているような有名クラブチームでも、親御さんたちの話を聞く限りでは同様のようです。
「野球をやっている限り野球肘になってしまうのは仕方ないこと」という考え方は、100%間違いであると断言できます。勉強不足の大人たちが経験則だけに頼り間違った投げ方を子どもたちに教えなければ、実は野球肘にならないで済む子どもも大勢いるんです。
しかし少年野球チームの指導風景を観察していても、多くのチームで今現在スローイングアームに頼って投げる、野球肘になりやすい間違った投げ方(内旋型トップポジション)を教えてしまっている風景を頻繁に見かけます。
野球肘は英語で Little League Elbow(リトルリーグ・エルボー)と呼ばれているだけあり、まだ骨が出来上がっていない小中学生に非常に多く見られる症状です。つまりこの世代に怪我をしにくい投げ方を指導してあげるということが、野球肘をなくすためには何よりも重要であると言うことができます。
骨がまだ出来上がっていない小中学生の場合、骨の変形や関節の歪みによる野球肘が多くなります。一方骨が出来上がっている大人の選手の場合は運動強度が上がるにつれ、靭帯を痛めるタイプの野球肘が増える傾向にあります。このように野球肘1つ取っても、世代によって様々な症状があります。だからこそ少しでも肘が痛くなったら、迷わず病院に行くことが大切なのです。
スポーツ外来でも、野球選手の治療を得意とする先生がいらっしゃらない病院も多数あります。もちろんそれでもしっかりとした治療を受けることはできるはずなのですが、しかし野球選手の治療を得意とする先生に野球肘を診てもらうと、痛い方の肘と反対側の肘、両方のレントゲンを取って見比べながら細かく診断してくれることがほとんどです。
野球肘の場合、実は痛めた方の肘のレントゲン写真だけではすべてを知ることが難しいんです。例えば本当に野球肘なのか、それとも血管と骨の成長度合いの差が影響しているだけで実は野球肘ではなく、ただ一時的に痛みが出ているだけなのか、ということも、片方のレントゲン写真だけでは言い切れないことなんです。
仮に両肘のレントゲン写真を撮って、両方の関節にまったく違いがないようであれば、野球肘以外の原因も考えられるわけです。逆に少しでも違う部分があれば、これは投球障害である可能性が非常に高く、そのポイントを掘り下げることによって野球肘の症状をより正確に診断していくことができます。だからこそ痛みが出たら、可能であればできるだけ野球選手の治療を得意とする先生がいらっしゃるスポーツ外来に行くことが大切だと、僕は選手や親御さんたちから相談されたら伝えるようにしています。野球に本気で取り組んでいるなら尚更に。
そして注意していただきたいのは、本当に悪化するまでは痛みが出てこない野球肘もあるということです。埼玉県のスポーツ外科の先生が野球場に赴き、痛みがない小学生たちの肘のエコーを見ていくというボランティア活動をされたそうなのですが、その結果、6割程度の小学生の肘がすでに野球肘になっているか、もしくは野球肘予備軍という状態だったそうです。
野球肘というのは痛くなった時が野球肘になったタイミングではありません。多くの野球肘は、かなり悪化してから痛みが出て、痛みが出た時には治療に時間がかかってしまうような状態にまで進行しているケースが多いんです。特に骨がまだできあがっていない小中学生の場合はそのようなケースが大人よりも多くなります。
ですので「うちの子は痛いと言ってないから問題ない」という考え方は、正しいとは言えないわけです。
冒頭でお伝えしたように、野球肘というのは投げ方が悪いから起こってしまうスポーツ障害です。つまり良い投げ方が身についていればほぼ確実に防げるということです。
例えば錆び付いたノコギリを想像してみてください。このノコギリで丸太を切ろうとしてもなかなか切れませんし、時間がかかれば腕も疲れますし、手にはマメもたくさんできてしまいます。そしてマメだからの手で疲れをおしてノコギリを引き続けたら、体の色んなところが痛くなってしまいます。
でも丸太を切る前にノコギリをしっかりと研いだらどうでしょうか?切れ味抜群のノコギリなら丸太を短時間で切ることができます。すると腕もそんなに疲れませんし、マメだってできません。
投球動作だって同じなんです。闇雲に練習を続けても、もしかしたら野球肘になりやすい動作で投げてしまっているかもしれないわけです。するとせっかくの努力が、野球肘を引き起こすための練習になってしまう可能性もあります。でも練習をする前にしっかりと正しい動作を学んでおけば、短時間で上達することができますし、何よりも努力によって野球肘になってしまうという悲劇を防ぐことができます。
とても大事なのでもう一度お伝えしますが、野球肘は正しい投球動作を身につけることによって防ぐことができます。野球肘の心配をすることなく、子ども時代から歳を取るまで野球を思う存分楽しみ続けるためにも、ぜひとも野球肘になりにくい正しい投げ方を学んでから練習をするようにしてください。