最終更新日:2020.05.29
今回の投手育成コラムでは、ジャイロボールに関して徹底解説をしていきたいと思います。ですがその前に、プロフェッショナルコーチである僕自身のジャイロボールに対するスタンスをお伝えしておきたいと思います。僕は個人的にはジャイロボールに対しては肯定的なスタンスではありません。
だからといって「ジャイロボールの存在なんて嘘だ!」とは言いません。ジャイロボールは確かに存在しており、僕自信ジャイロ回転のボールを投げることができます。ではなぜ僕はジャイロボールに対し肯定的なスタンスを取っていないのか?!
その理由は、ジャイロ回転の豪速球を投げることができないからです。一時期松坂大輔投手がジャイロボールを投げていると噂されていましたが、あれはジャイロボールではなく、カットボールのすっぽ抜けがジャイロボールっぽくなっていただけです。
ちなみに松坂大輔投手のジャイロボールに関しては、アメリカのCNNという世界的に有名な報道番組でも特集されたことがあります。しかし番組内で紹介された試合映像の中で松坂投手が投げていたのはジャイロボールではありませんでした。松坂投手自身、ジャイロボールを意図して投げてはいないようです。ご本人的にもやはり、カットボールが抜けてジャイロ回転っぽくなっているという認識のようです。
また、茂野吾郎投手がジャイロ回転の豪速球を武器としていましたが、あれは作者の満田拓也先生も嘘だったと認めている通り、あくまでもファンタジーです。しかも茂野投手のジャイロ回転の方向は逆回りで、野球の物理学的にはありえないボールでした。
僕は高速のジャイロボールに対しては目指すべきボールではないと考えています。しかしチェンジアップのような低速のボールであればジャイロ回転は有効だと考えています。ですのでジャイロボーラーを目指すのであれば、球速の遅いジャイロボールを投げる練習をすべきだと思います。
140km/h、150km/hを超えるようなジャイロボールは夢というか、まさに幻だと僕は考えています。詳しくは後述しますが、ジャイロボールの握り方で豪速球を投げることはできません。プロ野球にも数名、試合でジャイロボールを投げていたピッチャーがいましたが、彼らも球速が遅いジャイロボールを駆使していました。江夏豊投手もジャイロボーラーだったという噂もありますが、真相は謎です。
日本のプロ野球、そしてメジャーリーグには超一流レベルのピッチャーたちが大勢います。しかし誰一人「俺は150km/hのジャイロボールを武器にしている!」とは言っていません。これが答えではないでしょうか。超一流レベルのプロ選手でさえも、高速ジャイロボールは投げられないのです。
上の連続写真が右投手が投げたジャイロ回転のボールを再現したものです。空気抵抗の話に関しては『マグナス力を高めればホップする重いストレートを投げられる!』を読んでいただくとして、ジャイロ回転のボールにかかる空気抵抗は非常に小さくなります。そのため18.44m程度の距離であれば、100km/h程度のジャイロボールであってもほとんど失速も落下もせずにキャッチャーミットに収まっていきます。
100km/h程度のスローボールが飛んでくるのを打者が目にした際、打者はそのボールは落下しながら飛んでくると予測します。リリースされた高さから見ていくと、だいたい70〜80cmは落下してきます。しかしフォークボールのように突然落下するわけではなく、やや山なりの軌道で飛んできます。
100km/hの普通のバックスピンストレートの場合は70〜80cm落下してくるわけですが、これが100km/hのジャイロボールの場合、60〜70cm程度の落下になります。単純に考えるとその差はだいたい10cmとなり、約7.2cmのボール1個分以上の差になります。
つまり100km/h程度のジャイロボールを投げると、打者が予測するより10cm程度落下幅が小さくなるため、100km/hというスローボールでも打者はボールの下を空振りするようになる、というわけです。
松坂大輔投手はスリークォーター、茂野吾郎投手はオーバーハンドスローなわけですが、スリークォーターやオーバーハンドスローでジャイロボールを投げることは困難です。もちろん頑張れば投げることはできると思いますが、腕を上げて投げてしまうとアクセラレーションフェイズ(トップポジション〜ボールリリースにかけての加速期)にかかる遠心力によって、スライダーやカーブ以上にすっぽ抜けやすくなります。
しかしサイドハンドやアンダーハンドスローの場合、上方向にかかる遠心力が小さくなるため、後述するジャイロボールの握り方でもそれほどすっぽ抜ける心配はありません。
ジャイロボールを試合で有効活用するためには、ローサイドハンドスローやアンダーハンドスローで投げるのがベストです。例えば千葉ロッテマリーンズで活躍された渡辺俊介投手のように、地面すれすれの高さでリリースして、打者の顔の高さのキャッチャーミットにジャイロボールを収めていくと、打者はほとんど打てないと思います。
打者が、ピッチャーが投げたボールがどこに到達するのかを予測するのは、まだボールがホームプレートの10m以上手前にある時点です。その時点では地面すれすれからリリースされたボールは、まだ打者の膝や太腿程度の高さまでしか登ってきていません。打者はそれを見てバットを振り始めますので、そのボールがホームプレート上に来た時に胸や顔の高さまで登ってくると、バットはほとんど確実にボールの下を空振りするようになります。
ジャイロボールの場合、100km/h未満のストレートであって18.44m程度の距離であれば、ホームプレート上に来るまで地面すれすれのリリースポイントから登り続けてくれます。しかし普通のバックスピンストレートや、サイドスピン要素が入ったストレートの場合、一般的なボールの回転数ではマグナス力も弱くなり、渡辺俊介投手のように地面すれすれの高さから打者の顔の高さに投げようとしても、ホームプレートに到達する前に落下し始めてしまい、ただの遅い山なりのボールになり、簡単に打たれてしまいます。
僕は、茂野吾郎投手のようにバットをへし折るようなジャイロボールに対しては肯定的なスタンスは取っていません。しかし渡辺俊介投手のように、高低差を上手く利用した遅いジャイロボールに関しては大きな武器になり得ると考えています。
ジャイロボールを投げたいと強く考えている選手が多いのは、2001年に発売された『魔球の正体』という手塚一志コーチと姫野龍太郎教授の共著を手に取ったことがある草野球ではないでしょうか。ちなみに姫野教授はフェアレディZなどの人気車種の空力解析をされた先生です。
あとはリアルタイムで茂野吾郎投手の活躍を見てきた世代でしょうか。しかし上述したように茂野投手のジャイロボールは、新城童夢君のスノーミラージュボール同様のファンタジーです。ちびっ子が夢見て投げることを目指すことには大賛成ですが、中高生や大人が現実的に目指すべきボールではありません。
ジャイロボールの投げ方のポイントとしては、ボールを握る際に親指を仕舞い込むという点です。その理由は、ジャイロボールは4シームストレートのように指の付け根の関節を使って投げるのではなく、指の第1〜2関節の力を使って投げるためです。この時親指を伸ばして4シームストレートのようにボールにかけてしまうと、指の第1〜2関節も伸びやすくなり、ジャイロボールがただのすっぽ抜けになりやすいため要注意です。
上の写真がジャイロボールの握り方です。人差し指と中指はぴったりとくっつけて、親指はできるだけボールに触れないように折り曲げておきます。親指をこのように折り曲げることにより、人差し指と中指の第1〜2関節を使いやすくしていきます。ちなみに松坂大輔投手はジャイロボールは投げてはいませんが、このように親指を折り曲げてボールを握っているため、カットボールやスライダーが抜けるとジャイロ回転になりやすいんです。
バックスピンストレートは人差し指と中指の付け根の関節の力を使ってボールが抜けないようにし、回転を与えていきます。一方ジャイロボールは指の第1〜2関節の力を使ってボールにジャイロ回転を与えていきます。
上の写真がバックスピンストレートの握り方になるわけですが、ジャイロボールの握り方と比べると、親指の形がまったく違っていることがわかると思います。人差し指と中指のどの関節の力を使いたいかにより、このように親指の使い方を変えていきます。
ジャイロボールを投げるためには、外旋型のトップポジションを作る必要があります。内旋型のトップポジションではジャイロボールを上手く投げることはできませんので、槍投げができるようなフォームでボールを投げるということが重要です。
外旋型のトップポジションを作ったら、空手チョップをするイメージで小指からボールを加速させていき、手のひらがキャッチャーミットと正対する前に、下の写真のように人差し指と中指の指先を垂直に並べてボールにジャイロ回転を与えていきます。
この時内旋型のトップポジションになっていると空手チョップのように小指からボールを加速させていくことができないため、縦に並べた指先でジャイロ回転を与えることはできなくなります。
下の写真はボールにバックスピンをかける際の指先の動かし方です。ジャイロボールの場合は指先を垂直に使うのに対し、バックスピンをかける際は指先を横に並べて、手のひらをキャッチャーミットに正対させてリリースしていきます。
実際にボールの表面に指先を立てるわけではないのですが、立ててしまうイメージで少し大袈裟に、ピックでギターの弦を上から下に向かってストロークする(弾く)ような指先の動きでリリースを迎えると、ジャイロ回転を与えやすくなります。ポイントは上述した通り、指先を縦に並べて使うという点です。指先を横に並べるとジャイロ回転ではなく、バックスピンになります。
指先を少し立てるイメージで、さらに親指を完全に折り曲げるこの握り方だと、豪速球を投げる強さで腕を振るとボールが手からこぼれ落ちやすくなります。そしてこぼれ落ちるのを防ぐために強く握ってしまうと肘がロックされやすくなり、野球肘になってしまう可能性が高まるため注意が必要です。
そして、手のひらはキャッチャーミットではなく、まだ自分の顔の方を向いている時点でリリースしていきます。このタイミングでリリースを迎えられないと、やはりジャイロ回転を与えていくことはできなくなります。また、手のひらが横を向いている時点でリリースする必要があるため、遠心力が上にかかりやすいオーバーハンドスローやスリークォーターではジャイロボールはすっぽ抜けやすくなります。
逆にサイドハンドスローやアンダーハンドスローの場合は遠心力は横方向にしかかかりません。しかしその横方向への遠心力は、手のひらが横を向いている形によって抑えることができるので、サイドハンドやアンダーハンドスローの場合、ジャイロボールを投げてもほとんどすっぽ抜けることはありません。もちろん重心を上げながら投げてしまっているなど、基本的な動作ができていない場合は別ですが。
高速のジャイロボールを投げることは難しいということはすでに上述しました。投げられたとしてもせいぜい130km/h程度ではないでしょうか。しかし130km/hという球速があれば、バッターは「ボールはそれほど落下してくることはない」と予測してバットを振り始めます。
ジャイロボールの特徴は、落下しながら飛んでくるはずの遅いボールが、落下せずにキャッチャーミットに収まるという点です。落下してくるはずのボールが落下しないからこそ、バッターはボールの下を空振りしてくれるようになります。
しかし130km/h程度の、18.44mという距離においてほとんど落下しないボールがジャイロ回転によってさらに落下せずに飛んできたところで、ボールはほとんどバッターの予測した高さに来ますので、バッターはそのジャイロボールを普通に打つことができます。
ですのでジャイロボールを有効活用するためには、本来であれば山なりを描いて落下しながら飛んでくるはずの遅いボールにジャイロ回転をかけて、空気抵抗を限りなく小さくすることにより、スローボールをほとんど落下させずにキャッチャーミットに収めるというテクニックが必要になってきます。
さらには、渡辺俊介投手のように地面すれすれの高さからボールをリリースして、打者の顔の高さを狙ってジャイロボールを投げることができると、ほとんどのバッターはボール2〜3個分ボールより下を空振りするようになります。このようなテクニックは草野球レベルでも十分にマスターすることができますので、100km/h前後のサイドハンドスローやアンダーハンドスローの草野球選手であれば、ジャイロボールを有効活用できると思います。
ということで、ジャイロボールは本格派の投手には合わないということと、僕が高速ジャイロボールに対しては肯定的なスタンスではない、ということを十分ご理解いただけたと思います。
ジャイロボールは本格派ではなく、球速が遅い技巧派のピッチャーの武器になる球種です。ゴム製であまり滑らない軟式球は、硬式球以上にジャイロボールを投げやすいと思います。ですのでサイドハンドスローやアンダーハンドスローの草野球選手には、ジャイロボールはオススメです!